本戦初出場の谷口徹五段のNHK杯 |
【2021年8月8日(日) NHKテキストビュー「『NHK囲碁講座』2021年7月号より」】 第69回 NHK杯1回戦第5局は、本戦初出場の谷口 徹(たにぐち・とおる)五段と富士田明彦(ふじた・あきひこ)七段の対局となった。松浦孝仁さんの観戦記から序盤の展開をお届けする。
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谷口徹五段は初出場だ。関西棋院所属の24歳。「NHK杯戦に出るぞ!」と、ずっと前から目標にしていた。トーナメントで戦えるのは50名。シード棋士のほかは、前年の賞金獲得順に選ばれる。ひと言で言えば、活躍した棋士しか出られませんってことだ。谷口のプロフィールを少々。音楽はロックを好み、嫌いなレバーはお酒を飲むようになってから克服した。さかなの焼き鳥でレバーのおいしさをたたき込まれたらしい。最近太ってきたそうだ。レバーの食べ過ぎではない。理由は幸せ太り。2019年12月に将棋棋士の長谷川優貴女流二段と結婚した。関西の囲碁界と将棋界は交流が活発だそうで、「谷口さんから声をかけたの?」と聞いたら、「はい、そうです!」と即答だった。料理は何でもおいしいという。ごちそうさま。29歳の富士田明彦七段は3年連続3回目のNHK杯。前回大会は3回戦で井山裕太棋聖(当時はNHK杯選手権者)に敗れた。その対局の少し前、富士田に驚かされたことをよく覚えている。意気込みを聞くと、「そろそろ(井山さんに)勝ちたいです」と返ってきた。棋士なら当然と思われるかもしれないが、普段の富士田はシャイで感情を表に出さない。結果は中押し負けとはいえ、苦しい形勢から一時は細かい勝負に持ち込んだ。内容にある程度の満足は得られたらしい。本対局前のひと言は「面白い対局をお見せできるように頑張るので応援よろしくお願いします」と、いつもの控えめな富士田に戻っていた。
■ 弾力を求めて
「迫力ある戦いが期待できます」と解説の倉橋正行九段。控え室での両者の様子についてもバッチリ取材してくれた。「初出場の谷口くんはふだんどおりに見えました。富士田さんは慣れた感じでしたね」。左下黒5のカカリに富士田は白6、8と構え、黒9には白10のハサミを選択。1図の白1と受けるのももちろん可能で、黒は左辺への展開か、オーソドックスに黒2、4のツケ二段か。このあたりの変化は無数にある。白10にいま一度注目しよう。ハサミと捉えることができるのは左下黒二子(黒5と7)に対してのみ。左上のカカリ、黒9に対してはハサミとは言えない。黒にはAと二間にヒラく余地が残されている。左上への影響力が低いということは、つまり黒11の両ガカリを警戒していない証左だ。「星へのカカリに手抜きが増えましたね」と倉橋九段。AIが出てきてから広まった考え方だ。白12、14とツケノビておけば不利なワカレにはならないと認識されている。黒15で2図の1から11がAI発案の、今や定石となった手順だ。皆さんも打たれた経験があるかもしれない。谷口は黒15と三々へ。白18まで懐かしい定石が現れた。AI全盛の今、このような昔ながらの進行を見るとなぜかホッとする。この形のポイントは、多くの方がご存じだろう。白20のツメに手を抜いてはいけない。ほっておくと3図の白1とオカれてしびれる。黒2と遮りたいが、白3、5が成立。△が働き黒はお手上げ状態だ。黒2を3は白2とワタられて生死の心配が出てくる。谷口が黒21とコスんで3図の傷をカバーすると、富士田はふわりと白22へ。黒Bのノゾキに白Cのツギと見て、白22の位置はここが最適と考えたようだ。白Dにあるよりも明らかに安全度は上だろう。黒23は、25と補強にかかる。「サバキの際は弾力のある形を目指すのがコツ」と倉橋九段。白26を4図の1なら黒2とオサえ、白3には黒4が肝要だ。弾力があるからこそ、黒4からと気持ちよく整形できる。
※続きはテキストでお楽しみください。 ※段位・タイトルは放送当時のものです。
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