一力遼挑戦者が鮮やかに“燕返し” 井山裕太名人の高等戦術も織り込み済み |
【2021年9月18日(土) 朝日新聞(大出公二)】 妖しく絡みつく名人の妖刀を、挑戦者が鮮やかな“燕(つばめ)返し”で断ち切った。第46期囲碁名人戦七番勝負(主催・朝日新聞社、協賛・株式会社 明治、マニフレックス)は、第3局も双方妥協なき白兵戦に突入。名人の巧妙な攻めに窮地に追い込まれたかに見えた挑戦者は、検討陣が気づかなかった盲点のシノギで盤上の景色を一変させた。囲碁界のツートップを占める井山裕太名人と一力遼挑戦者。ともに読みに自信があるから、戦いを辞さない。一歩でも下がればつけ込まれるから、立ち止まっての斬り合いになる。秘術を尽くした戦いのドラマは実戦図1、名人の白1から始まった。「モタレ攻め」といわれる高等戦術。真の狙いは白の包囲下にある▲だ。遠く白1から戦いを起こして▲周辺に白石を増強し、態勢が整えば総攻撃する。黒が戦いを避けて妥協すれば、そこでポイントを挙げたことに満足する。挑戦者は敢然、黒2と最強手で応じた。以下黒10まで切り離された右辺の白石4個は助からず、部分的には黒の大利だ。しかし話は単純ではない。白11と種石を切り離してから13と絡みつかれ、種石の動きが不自由なのだ。名人が描いていたであろう絵図の1枚が参考図。挑戦者が黒1と逃げ出すと白2から追っかけ、白10まで先手で決める。△を捨て石に、上辺の黒石の包囲網が完成。白12からの総攻撃を発動すれば、一団の黒に命はない。名人の大作戦が決まったか。挑戦者は打つ手に困ったか。外野の騒ぎをよそに、名人の作戦は挑戦者も織り込み済み。ここから名人と違う絵図を描きだす。実戦図2、種石の▲はおとりだった。黒1が狙いすました返し技。▲を利用して黒5まで△を切り離す。右上隅を大きな黒の陣地にしながら、危地にあった上辺の黒の一団を救出するのが眼目だった。名人、ただで△を取られてはかなわない。白6から8、10がしぶとい。黒13に白14とコウにはじき、隅の黒白どちらかの石が死ぬ大コウに発展した。挑戦者が白16のコウダテに目もくれず黒17とコウを解消すると、名人も白18と連打して右辺を突き破る大フリカワリとなった。結果、白は右辺から中央にかけて巨大な模様を形成したように見えるが、▲は死に絶えていない爆弾だった。すぐに黒Aと白の腹中から動きだして白模様を根こそぎ荒らし、痛めつけられた右下隅も黒Bから息を吹き返す大立ち回り。大フリカワリで白の得たものを削りに削った。「実戦図1の黒2の反発は、僕ならとても怖くて打てない。ましてや相手が井山さんなら、なおさらです」と新聞解説の六浦雄太七段。「一力さんでなければ、瞬時に潰れてもおかしくない。ぎりぎりの勝負でした」2日制の碁では第1局まで対井山5連敗だった挑戦者は、第2局からの連勝で2勝1敗と勝ち越した。
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