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「相手がどのAIで研究したか分かる」囲碁界の新星“AIソムリエ”関航太郎
【2022年4月6日(水) JBpress
■ 囲碁界をざわつかせた若きタイトルホルダー

 2021年末、囲碁界に激震が走った。ポスト井山裕太の筆頭として挑戦手合の舞台に立ち続けている一力遼天元(当時)が、プロになって5年もしない四段の若手に負けてタイトルを獲られたからだ。若手の名は、関航太カ。まだ20歳になって数日、史上2番目の若さで七大タイトルのひとつ「天元」位についたのだから、囲碁界がざわついたのも当然だ。それまで関天元は新人王戦で優勝するなどの活躍もあったが、トップに躍り出るのには、まだまだ時間がかかると見られていた。それなのになぜ、こんなに早く成長できたのか。関天元の勉強方法を聞いてみると、驚くべきことが分かった。AIを使って独自の研究方法をとっていたのだ。後に「AIソムリエ」と呼ばれるようになった所以である。

■ 人間の盲点をつく発想を披露する「囲碁AI」

 人類に勝てる囲碁AIが初めて登場したのは、2016年のこと。Google DeepMind(グーグル ディープマインド)社が開発した「アルファ碁」が世界ナンバーワンの李世ドル九段(韓国)、柯潔九段(中国)に勝って全世界に衝撃を与えた。それまでボードゲームなどで活用されてきたAIは、すべての可能性のある解をしらみつぶしに検索し、最も勝ちやすい手を導き出す「力任せ検索」という伝統的な手法をとっていた。しかし囲碁は他のボードゲームより打つ場所がはるかに広いため、AIでも打ち勝つことは困難と考えられてきた。そこでアルファ碁はディープラーニング(深層学習)を用いて評価関数を作るなどAI技術を飛躍的に進化させ、見事にその困難を克服した。アルファ碁はプログラムを動かすのに大量のハードウエアや電力を必要としたが、TPU(Google社のディープラーニング専用マシン)を使うなどよりコンパクトに、より省電力にとバージョンアップを重ねる。その間に、「絶芸」、「Golaxy」、「KataGo」などのAIによるコンピューター囲碁プログラムが続々と出てきて、個人のPCなどでも使えるようになった。AIは対等に勝負するものではなく、研究するためのツールとして身近になったのである。AIは着手の評価値を数値で表す。現局面の勝率を出し、次の着手の評価値が上がるか下がるかでその手の良し悪しを判断する。AIが次の最善手の地点を青く光らせることで、好手のことを「ブルーポイント」といったり、評価値の下がる手を「AIに叱られた、怒られた」などと表現したりする。AIはこれまで人間がだめと思っていた手をよしとしたり、逆に人間がよいと見ていた手の欠点をあぶり出したりもする。人間の盲点をつく発想を披露して、碁の考え方を大きく変革させているのだ。

■ AIのテイスティングができる才能

 では、AIとトッププロの差はどれくらいなのか──。囲碁AIに詳しい大橋拓文七段によると、プロがハンデをもらって「2子のハンデでは、9割はAIが勝ちます。世界最強といわれる申眞ソ九段(韓国)でも2子では時々勝てる程度なので、3子で勝てればトップの証といえます。4子ならプロが勝てる」という差だ。前出の関天元が15歳でプロになったのが2017年。ちょうどAIに「人間の棋譜を一切使わず、囲碁のルールだけ教え、自己対戦を重ねて学習を重ねる」アルファ碁ゼロが発表されたときだった。最初からAIに興味を持っていた関天元は、大橋七段が主宰する「AI研」に参加。AIの設定、使い方からAIを使ってどうやって囲碁を研究するかなどを勉強する会だ。関天元はAIの進化とともに、AI研究に精通していった。「関さんは早い段階から、『この手、AI評価値がいくつかわかりますよ』と、かなりの確率で当てていました。そして相手の打つ手でどのAIを使っているかも分かると言い出しました。AIのテイスティングができるのだから、『ソムリエみたいだね』と僕が言ったのが広まったのです」(大橋七段)

■ 「AI同士の対局」を見る型破りな勉強法

 関天元が、AIの評価値が分かったり、「テイスティング」ができたりするまでになったのは、他の人とは違ったAIの使い方をしたことによる。多くの棋士は自分が打った実戦をAIに入力して、どの手が悪かったのか、どうしたらよかったのかなどを検討する。つまり、一局を振り返り、反省材料に使っていた。これは昔、師匠や先輩に碁を見せて批評をしてもらっていたのを、師匠の代わりをAIにしたという構図だ。この作業は、碁が強くなるための基本と考えられている。ところが、関天元はなんとAI同士を対局させ、その碁をずっと観賞するという独自のスタイルを始めたのだ。いっぺんに何局か打たせ、見ているという。そのころから研究会もやめて、自宅に籠もるようになった。この型破りともいえる関天元のAI研究法について、大橋七段は「AIはお手本の手を打ちますから、それを見るというのは理にかなった研究方法だと思います」と評価するが、ならばなぜ、その研究方法が流行らないのか。人間の着手を見れば、なぜその手を打ったかなど作戦やストーリーが大体分かるものだが、AIの打つ手は主旨が不明な手が多々あり、ストーリーが見えにくいからだ。しかも、人間同士の碁と違い、面白さにも欠ける。そこから学び取るのはかなり大変なことだ。AIを理解して自分の血肉にするのには相当な棋力が必要なのだが、関天元はそこから学び取って行けたことで、大きく飛躍できたのだろう。

■ 関天元がAIの研究スタイルを変えた理由

 タイトルホルダーになって4カ月ほどたった最近、関天元は研究スタイルを、他の棋士がやっている「AIを使って反省する」方法に変えたという。いったいなぜか。タイトルホルダーになったことで、海外の世界ランカーとネット対局する機会が増え、「思ったより力の差を痛感した」と関天元は打ち明ける。なにか変化をつけなければと思うようになり、研究方法も試行錯誤するようになったというのだ。「今までAIで勉強する時間が多かったので、その反動かもしれません。今はAIを使わない従来の勉強法も取り入れていますが、今後またAIの力を借りたいと感じたら、時間を費やします」(関天元)AIにはそれぞれ個性があるがゆえに、候補手にも違いがある。最近はその候補手がばらけないようになってきたというが、それでも「まだまだ知らない手が埋もれているはずです」と大橋七段はいう。そして、「AIはどんどん強くなってきていますし、人間もそれに引っ張られて強くなっています」とも。最近では、AIを反省ではなく、明日の対局の作戦相談に使うケースも増えているという。過去より未来を見るようになってきたのだ。そのいい例が今年2月25日に打たれた国際戦「農心辛ラーメン杯」だ。一力遼棋聖が「50手くらいまでAIで研究したとおり進行した」と話したが、その結果、序盤は世界最強の申眞ソ九段と互角に渡り合うことができたのだ。申九段は国際戦27連勝中と他を寄せ付けない強さを見せている。中盤戦に入る前に差をつけ、そのまま押し切るというのが申九段の勝ちパターン。しかし、農心杯では一力棋聖がなかなかリードさせなかったことで、申九段を焦らすことができた(しかしその後、一力棋聖に判断ミスが出て勝つことはできなかったのだが)。碁は約四千年もの歴史があり、世界中で数え切れないほど打たれているが、いまだに同一の碁はない。毎回新たな局面に立ち向かっていくことになる。結局は自分で発想し、決断していかなければならない。人工知能であるAIを囲碁でどう使いこなし、AIの考え方をどうやって自分のなかで消化して実にするか。人間界ではまだまだ試行錯誤が続いているようだ。

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