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上野愛咲美女流棋聖らプロ棋士13人育てた囲碁界のビッグボス 長所伸ばす藤沢一就のコーチング
【2022年5月7日(土) 日刊スポーツ(赤塚辰浩)】
囲碁の藤沢一就八段(57)は2007年(平19)9月に弟子の寺山怜六段(31)を初めてプロに送り込んで以来、今年4月デビューの河原裕初段(16)まで13人ものプロ棋士を育てた。中には同月、女流棋士として初めて国際棋戦を制した上野愛咲美女流棋聖(20)や、関航太郎天元(20)といった現役タイトルホルダーもいる。長所を見抜いて伸ばし、的確なタイミングでアドバイスを送る。そんな育成方針で巣立った弟子の合計段位は49段になる。父は、タイトルを23期獲得した故藤沢秀行名誉棋聖。名棋士の息子は、名伯楽だ。

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まさに、囲碁界のビッグボスだ。指導の手法は、「長所を伸ばすこと」。藤沢は言う。「囲碁を打たせてみれば、その子の長所は分かりますから。状態や性格なども把握します。本質的に何が大事かを見抜いて、指導しています」。20年ほど前、日本の棋士が国際棋戦で韓国勢、中国勢に歯が立たなくなっているのを見た。「世界に通用する将来の棋士を育てよう」。2000年(平12)4月、東京・新宿にある「こども囲碁教室」を開業した。知らないうちに、父「秀行先生」が「好きなところへ打て。それで勝てる力をつける」と話していた指導法を引き継いでいた。子どもたちには自由に囲碁を打たせていた。「短所を補うのは、最重要点ではありません。とにかく、実力を伸ばすことです」。教室の中から「これは」と思う子どもに声をかけ、08年には「6歳で棋士を目指すグループ」を作った。初心者だった関天元、上野女流棋聖らが選ばれた。有段者ではなく級位者にすぎなかった関は、「戦いのセンスがいい。ふだんは落ち着きがないけど、集中できればものすごい力を発揮する子」と見抜いた。それぞれのキャラも理解している。上野は棋譜並べが嫌い。詰め碁を課しても、やってこなかった。「うるさく言いすぎると効果はなくなりますから」。集中力が高くて上達は早かったので、自主性に任せて伸ばした。3年前、テレビ棋戦「竜星戦」で勝ち上がった時には、生活様式に変化をつけさせた。「竜星戦は午後8時開始。上野はふだん午前10時開始の対局に慣らして朝型の生活をしている。弟子の本木(克弥八段)に頼んで、午後8時からの練習対局をさせていました」。一門の結束を含めた準備や対策が功を奏し、この棋戦の準優勝へとつながった。今年4月にプロになった河原は、昨年の採用試験で5連勝した後に5連敗した。そのタイミングで、「お寺で坐禅を組んでこい」と送り出した。メンタル面を克服してこの後、5連勝。プロへの切符を得た。「アンテナを伸ばし、気を配る。情報をいろいろと得て、使うタイミングを見計らって、言葉で伝える。盤に向かっている時より、気が緩んでいる時に話して刺激を与える方がいい」。指導者として、企業の経営者やノーベル賞受賞者、プロ野球の名将などの言動を観察したり、著書にも目を通す。これが指導の引き出しの多さにもなるという。「育てたいという一心でひたすら努力を積み重ねたら、これだけプロ棋士が増えた。師匠というより、私はコーチ兼マネジャー兼トレーナーですよ」。人工知能(AI)の発達で囲碁の打ち方も変化している。多くの棋士が取り入れているように、藤沢は新たにAIでの研究も行っている。「時代が変わり、囲碁に触れる機会も増え、子どもの囲碁人口は桁違いに増えている。どうやったら集中できるとか、やる気を出せるとかは、永遠の課題ですよ」。多くの人が新たな道へと歩み出す季節。部下を新たに持つ人もいるだろう。時代にそぐわない過去の経験則や考えを押しつけたりせず、型にもはめない。藤沢は、現代社会に求められる理想の指導者像といえよう。

<藤沢の父、秀行名誉棋聖 中国に渡り指導>

藤沢の父、「しゅうこう先生」こと故藤沢秀行名誉棋聖は「秀行塾」を主宰し、来る者を拒まずに受け入れていた。40年ほど前からは年に2回、合宿も開催。弟子に名人経験者の高尾紳路九段(45)、孫娘の藤沢里菜女流本因坊(23)らがいるが、一門だけでなく、若かりし頃の依田紀基九段(56)や結城聡九段(50)、京大医学部卒でアマ世界一の後にプロ入りした坂井秀至(ひでゆき)八段(49)らも学んだ。80年代からは中国にも足を運んで現地の棋士にも指導し、レベル向上に貢献したといわれる。「後進の育成という点で、私は父の血を引いているのかもしれません」(藤沢八段)。

<答えつくり出すサポートを行う>

藤沢の手法は、「コーチング」にもあてはまる。指示・命令型の「ティーチング」とは違う。日本コーチ連盟ホームページから抜粋したデータによると、「コーチング」は「答えをつくり出す」サポートを行うという。師弟で「タイトルを取る」といった、「自分の中にある答えを納得感」として位置付け、目標設定する。その上で、弟子が状況に応じて考えて行動し、本来持っている力や可能性を最大限に発揮できるよう、師匠がサポートするための「コミュニケーション技術」が必要となる。指導者として藤沢は、それを持ち合わせている。

◆藤沢一就(ふじさわ・かずなり)1964年(昭39)8月12日生まれ。東京都出身。81年プロデビュー。父は故藤沢秀行名誉棋聖。藤沢里菜女流本因坊・女流名人・女流立葵杯・扇興杯(23)は実娘。


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