中韓主導で新たな主戦場 囲碁プロ棋戦、リモート対局 |
【2021年1月12日(日) 日本経済新聞(山川公生)】 囲碁の国際プロ棋戦が、ネット上でのリモート対局に移行している。コロナ禍で海外渡航が難しい中、世界一を巡る戦いを続ける苦肉の策だったが、新たな観戦の楽しみも生まれている。昨年11月、東京・市ケ谷の日本棋院7階で芝野虎丸王座(十段)はスーツにネクタイ姿でマスクを着け、パソコン画面に表示された碁盤を凝視していた。石を打つ場所にマウスでカーソルを合わせ、慎重にクリックしていく。顔の見えない対戦相手は韓国国内にいる若手実力者の申旻俊(シンミンジュン)九段だ。対局開始から約4時間、優勢が動かなくなると、申九段が負けを認めて投了したとのメッセージが画面に現れた。この対局は日本、韓国、中国の代表5人ずつの勝ち抜き団体戦、農心辛ラーメン杯の第7戦で、芝野王座は翌日には中国棋士に敗れたが、日本3番手の役割を果たした。これまで国内の公式戦でネット対局は一部大会の予選などに限られていた。国際棋戦でも日本トップ棋士が参加する本戦レベルで打つのは、昨年4月の中国・夢百合杯が初めてだった。これはすでに準々決勝進出を決めていた一力遼二冠(当時八段)の対戦で、当初3月に中国国内で行われる予定だった。新型コロナウイルス感染拡大で延期になり、主催者側からネット対局を提案された。一力二冠はふだんからネットで練習対局を繰り返しており、「特段、違和感はなかった」。国内戦は緊急事態宣言で昨年4〜5月に公式戦が停止したが、国際棋戦はさらに早くからストップしていた。強豪国の日本、中国、韓国の流行レベルは時期によってまちまち。七大タイトル戦など国内戦が整っている日本と異なり、中国や韓国は国際戦が主戦場で早期再開を目指したという背景もある。各国に設けられた対局場には立会人のプロ棋士が同席し、トラブル対応や不正防止の役目を負う。昨年9月に1回戦が行われた台湾・応氏杯では、井山裕太三冠ら日本勢6人は日本棋院の大部屋に集まり、それぞれ離れた場所で壁に向かって対局に臨んだ。プロ棋士は練習でネット対局に慣れている。例えば芝野王座は毎日のように数局こなし、井山三冠も小学生の頃から師匠の石井邦生九段とネットで1000局以上を打って成長した。それでも「盤を挟んだ勝負とは少し違う」と芝野王座は漏らす。対面であれば、対局者でないと気づかないような微妙な表情の変化による心理戦や駆け引きがあるが、ネットでは相手の反応はわからない。
トラブル対応課題 トラブルも多発している。通信環境によって打つ手の反映に時間がかかり、時間切れ負けになるケースが頻発した。重要対局でのクリックミスや誤操作もある。韓国・三星杯では昨年11月の決勝三番勝負の第1局で、布石の途中で韓国の申眞ソ九段がプロならばあり得ない地点に打ってしまった。規定で打ち直せず、そのまま敗退した。韓国では同月、10代前半でプロ入りして天才囲碁少女とよばれた棋士がオンライン対局で人工知能(AI)を不正使用したことも発覚している。韓国・三星杯の決勝三番勝負第1局で韓国の申眞ソ九段が序盤戦で誤操作を起こした(21手目の下辺▲がミス、2020年11月)デメリットの解消が難しく、主要国内戦はネットでのリモート対局をまだ採用していない。一方、パソコンで対局するので、打った手を記録係が入力する手間は省ける。動画配信サイト「ユーチューブ」での中継などとの相性も良く、解説役の棋士がパソコンを操作して、いくつもの変化図を提示する。かつて大盤解説会でマグネット碁石を並べていた時に比べると素早く詳細な分析ができ、日本棋院も中継を増やしている。ファンは自宅にいながらトップ棋士同士の戦いを堪能でき、観戦の楽しみ方も変わりつつある。
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