蘇耀国
そ ようこく
Soo Yaoguo
スウ・ヤオグゥオ
1979年9月11日生れ
AB型
中国広州市出身
1991年来日、院生。敖立亭四段門下。1991年来日、11歳。1994年4月入段(14歳)。1994年二段。1995年三段。1996年四段。1997年五段。1999年5月六段。2001年5月七段。2003年通算300勝達成。2005年9月八段(勝ち数=150勝昇段)。2006年通算400勝達成。2014年10月14日九段(勝ち数=200勝昇段)。
2010年、中国棋士・李宝初段と結婚。2014年10月17日挙式
2012年12月31日現在通算成績=551勝356敗3ジゴ
2013年34歳??勝??敗通算???勝??敗
2012年33歳22勝11敗通算551勝356敗3ジゴ
2011年32歳15勝9敗通算529勝345敗3ジゴ
2010年31歳 9勝16敗通算514勝236敗3ジゴ
2009年30歳33勝15敗通算505勝220敗3ジゴ
2008年29歳27勝17敗472勝205敗3ジゴ
2007年28歳31勝21敗445勝188敗3ジゴ
2006年27歳29勝16敗414勝167敗3ジゴ2006年??月??日400勝達成
2005年26歳43勝15敗385勝151敗3ジゴ2005年9月八段(勝ち数昇段150勝)。
2004年25歳28勝18敗342勝136敗3ジゴ
2003年24歳43勝12敗314勝118敗3ジゴ2003年??月??日300勝達成
2002年23歳39勝11敗271勝106敗3ジゴ
2001年22歳41勝15敗232勝95敗3ジゴ2001年5月七段。
2000年21歳24勝15敗1ジゴ191勝80敗3ジゴ
1999年20歳32勝16敗167勝65敗2ジゴ1999年5月六段。
1998年19歳35勝10敗1ジゴ135勝49敗2ジゴ
1997年18歳33勝12敗1ジゴ100勝39敗1ジゴ1997年五段。
1996年17歳29勝11敗67勝27敗1996年四段。
1995年16歳21勝10敗38勝16敗1995年三段。
1994年15歳17勝 6敗
1994年4月入段(14歳)。1994年二段。
棋風:
揮毫:
タイトル獲得数:1個(うち世界タイトル:0個)
対局日棋戦名年齢コメント
2006年4月(第11回)LG杯国際予選突破26歳
2005年3月(第10回)LG杯国際予選突破25歳
2003年10月(第28期)新人王戦優勝24歳
2001年1月1日以降国際棋戦成績=1勝2敗(対韓国:1勝0敗、対中国:0勝1敗、対他:0勝1敗)
対局日棋戦名勝敗対戦相手
2006.05.15LG杯第1回戦林至涵七段(台湾)
2005.05.18LG杯第2回戦朴文尭三段(中国)
2005.05.16LG杯第1回戦崔哲瀚九段(韓国)
日本棋院の情報 読売新聞「岡目八目」 "蘇耀国"会ホームページ 日本経済新聞e-碁サロン
【「月刊囲碁」2003年12月号(敖立亭)】
耀国君は5歳から碁を打ち始めました。碁を打つことが大好きで、ヨミが速くて才能が豊かな子でした。一人っ子の彼は子供の頃から寂しがり屋でした。院生の時は寮生活でしたが、入段後の一時期を富田忠夫先生のお宅に寄宿させて頂いておりました。ある夜、寂しさに耐え兼ねた彼が枕を抱えて和子夫人の枕元に現れたというエピソードもあります。明るく素直な性格は皆に好かれ、若手棋士の間でも人気者だそうです。多くの応援者にも恵まれました。彼の後援会組織である「蘇耀国会」は入段当初から彼の棋士生活を側面から支えてくれました。
16歳から一人暮しを始めております。一人暮しといってもほとんど一人でいることがありません。友達が泊まりに来たり、仲間たちのアパートに泊まりに行ったりしていたからです。十代の彼は、棋士仲間と遊びながら碁の勉強をしていくという伸び伸びとした棋士生活を送っていました。しかしその分だけ碁への努力が足りなかったのが、同期に入段した同じペースで昇段してきた一番の親友、張栩さんなど、すでにタイトルを獲得した若手棋士に遅れた原因かもしてません。
二十代に入ってここ2、3年やっと自分一人でも碁の研究に集中できるようになりました。特に対局の前日には遊びの誘いを断って休みを取るように自己管理もできるようになりました。チャイニーズドラゴン誌上に自戦解説を執筆するなど普及活動にも力を入れ、立派な大人になりました。そして入段10年目にしてついに念願の初タイトル「新人王」を獲得しました。やっと重い門を開いてくれたようです。これからの活躍が十分期待できるでしょう。中国で見守ってくれるご両親や応援してくださった多くの方々、そして彼のタイトル獲得を夢見つつこの世を去った富田先生のためにも、次のタイトルを目指してより一層精進して欲しいと願っています。
彼に今後の目標を聞くと「もっと強くなるように努力します」と、努力不足を自覚しながら決意を語りました。耀国君、運動不足にならないように注意して頑張って下さい。

【「囲碁講座」2003年10月号(高見亮子)】
囲碁を覚えたきっかけが面白い。父が麻雀好きで2、3歳で麻雀を覚えた。母は普通の遊びを覚えさせようとゲームを一杯買ってきた。その中に囲碁があった。碁に興味を覚え、近所の先生を見つけて通い、瞬く間に強くなった。たまたま帰国していた敖立亭四段が世話をして来日が決まった。碁を打ちたいという耀国少年の熱意が家族の反対を押し切った。千葉・幕張の日本棋院の寮に入り、院生生活が始まった。14歳でプロ入り。寮を出た後は故・富田忠夫先生宅に2年間の世話になり、16歳の時東京・荻窪で一人暮らしを始めた。20歳の時千葉・行徳に引っ越した。

【2003年4月8日 読売新聞「囲碁欄」(岡崎裕哉)】
蘇耀国は広東省少年チームで活躍し、訪中した羽根泰正九段がその才能を認め、来日を勧めたという。明るい性格でよくしゃべる。張栩八段と仲が良く、この日も昼食に一緒に出かけていた。中央の戦いを好み、地には走らない。
【2002年11月26日 朝日新聞「囲碁欄」(春秋子)】
蘇耀国七段は中国広州市の生れ。小学生時代は地元プロの指導を受け、周囲に日本行きを勧められたという。来日は1991年11歳のときで、3年後に入段し、順調に昇段している。攻めの碁で仲間内の評価が高い。