棋聖戦
Kisei

読売新聞主催。1976年創設。予選通過者がA、B二組(各組6人)に分かれて6月から10月までリーグ戦(毎月1局計5局の総当たり)を行ない、リーグ戦優勝者が11月に挑戦者決定戦を行なって挑戦者を決める。タイトルホルダーと挑戦者との挑戦手合は七番勝負で1月から3月まで行われる。二日制持ち時間各8時間。最後10分から秒読み開始。賞金額4500万円。
1975年まで旧名人戦を主催していた読売新聞が創設。1999年までは棋聖戦の挑戦者を3段階選抜制で決定していたが、2000年に大幅に制度変更され「現在の予選制度(A,Bリーグ戦)」になった。

優勝者 コメント
41 2017 井山裕太九段(27) (2017年3月9.10日)挑戦手合7番勝負第6局(新潟県南魚沼市)が行われた。
棋聖・井山裕太九段(27)○−●挑戦者・河野臨(こうのりん)九段(36), W+R (150手)

(2017年3月1.2日)挑戦手合7番勝負第5局(山梨県甲府市)が行われた。
棋聖・井山裕太九段(27)○−●挑戦者・河野臨(こうのりん)九段(36), B+R (165手)
(2017年2月15.16日)挑戦手合7番勝負第4局(静岡県伊豆市)が行われた。
棋聖・井山裕太九段(27)●−○挑戦者・河野臨(こうのりん)九段(36), B+R (179手)
(2017年2月8.9日)挑戦手合7番勝負第3局(埼玉県川越市)が行われた。
棋聖・井山裕太九段(27)○−●挑戦者・河野臨(こうのりん)九段(36), B+1.5 (279手)
(2017年1月22.23日)挑戦手合7番勝負第2局(島根県安来市)が行われた。
棋聖・井山裕太九段(27)○−●挑戦者・河野臨(こうのりん)九段(36), W+5.5 (301手)
(2017年1月14.15日)挑戦手合7番勝負第1局(島根県安来市)が行われた。
棋聖・井山裕太九段(27)●−○挑戦者・河野臨(こうのりん)九段(36), W+R (178手)
40 2016 井山裕太九段(26) (2016年2月17.18日)挑戦手合7番勝負第4局(北海道帯広市)が行われた。
棋聖・井山裕太九段(26)○−●挑戦者・山下敬吾九段(37), B+R (189手)
(2016年2月1.2日)挑戦手合7番勝負第3局(鳥取県米子市)が行われた。
棋聖・井山裕太九段(26)○−●挑戦者・山下敬吾九段(37), W+R (200手)
(2016年1月28.29日)挑戦手合7番勝負第2局(鳥取県湯梨浜町)が行われた。
棋聖・井山裕太九段(26)○−●挑戦者・山下敬吾九段(37), B+2.5 (273手)
(2016年1月14.15日)挑戦手合7番勝負第1局(福島県会津若松市)が行われた。
棋聖・井山裕太九段(26)○−●挑戦者・山下敬吾九段(37), W+R (202手)
39 2015 井山裕太九段(25) (2015年3月19.20日)挑戦手合7番勝負第7局(新潟県南魚沼市)が行われた。
棋聖・井山裕太九段(25)○−●挑戦者・山下敬吾九段(36), B+5.5 (216手)
(2015年3月11.12日)挑戦手合7番勝負第6局(静岡県伊豆市)が行われた。
棋聖・井山裕太九段(25)●−○挑戦者・山下敬吾九段(36), B+R (189手)
(2015年2月25.26日)挑戦手合7番勝負第5局(山梨県甲府市)が行われた。
棋聖・井山裕太九段(25)●−○挑戦者・山下敬吾九段(36), W+R (194手)
(2015年2月19.20日)挑戦手合7番勝負第4局(愛知県犬山市)が行われた。
棋聖・井山裕太九段(25)●−○挑戦者・山下敬吾九段(36), B+2.5 (224手)
(2015年2月5.6日)挑戦手合7番勝負第3局(広島県尾道市)が行われた。
棋聖・井山裕太九段(25)○−●挑戦者・山下敬吾九段(36), B+1.5 (278手)
(2015年1月29.30日)挑戦手合7番勝負第2局(青森県八戸市)が行われた。
棋聖・井山裕太九段(25)○−●挑戦者・山下敬吾九段(36), W+R (228手)
(2015年1月15.16日)挑戦手合7番勝負第1局(大阪府大阪市)が行われた。
棋聖・井山裕太九段(25)○−●挑戦者・山下敬吾九段(36), B+0.5 (282手)
(2014年11月13日)挑戦者決定戦は山下敬吾九段(36)が村川大介七段(23)を黒番中押勝ちで下し、挑戦者に決定した。
38 2014 井山裕太九段(24) (2014年3月12.13日)挑戦手合7番勝負第6局(新潟県魚沼市)が行われ、棋聖・井山裕太九段(24)が4勝2敗で防衛した。

棋聖・井山裕太九段(24)○−●挑戦者・山下敬吾九段(35), B+R (229手)
(2014年2月26.27日)挑戦手合7番勝負第5局(静岡県熱海市)が行われた。
棋聖・井山裕太九段(24)●−○挑戦者・山下敬吾九段(35), B+3.5 (315手)
(2014年2月20.21日)挑戦手合7番勝負第4局(北海道)が行われた。
棋聖・井山裕太九段(24)●−○挑戦者・山下敬吾九段(35), W+0.5 (243手)
(2014年2月6.7日)挑戦手合7番勝負第3局(熊本県)が行われた。
棋聖・井山裕太九段(24)○−●挑戦者・山下敬吾九段(35), W+R (140手)
(2014年1月29.30日)挑戦手合7番勝負第2局(埼玉県川越市)が行われた。
棋聖・井山裕太九段(24)○−●挑戦者・山下敬吾九段(35), B+R (169手)
(2014年1月11.12日)挑戦手合7番勝負第1局(スペイン・アルカラ・デ・エナーレス市)が行われた。
棋聖・井山裕太九段(24)○−●挑戦者・山下敬吾九段(35), W+0.5 (245手)
(2013年11月14日)挑戦者決定戦は山下敬吾九段(35)が村川大介七段(22)を144手白番半目勝ちで下し、挑戦者に決定した。
37 2013 井山裕太九段(23) (2013年3月13.14日)挑戦手合7番勝負第6局(静岡県伊豆市)が行われ、挑戦者・井山裕太九段(23)が4勝2敗で優勝した。史上初の6冠保持者になった。

棋聖・張栩九段(32)●−○挑戦者・井山裕太九段(23):197手黒番中押勝ち
(2013年1月27.28日)挑戦手合7番勝負第5局(静岡県熱海市)が行われた。
棋聖・張栩九段(32)●−○挑戦者・井山裕太九段(23):206手白番中押勝ち
(2013年2月21.22日)挑戦手合7番勝負第4局(香川県坂出市)が行われた。
棋聖・張栩九段(32)○−●挑戦者・井山裕太九段(23):212手白番中押勝ち
(2013年2月6.7日)挑戦手合7番勝負第3局(富山県富山市)が行われた。
棋聖・張栩九段(32)○−●挑戦者・井山裕太九段(23):167手黒番中押勝ち
(2013年1月31.1日)挑戦手合7番勝負第2局(山形県南陽市)が行われた。
棋聖・張栩九段(32)●−○挑戦者・井山裕太九段(23):221手黒番中押勝ち
(2013年1月17.18日)挑戦手合7番勝負第1局(沖縄県那覇市)が行われた。
棋聖・張栩九段(32)●−○挑戦者・井山裕太九段(23):265手白番5目半勝ち
(2012年11月8日)挑戦者決定戦は井山裕太九段(23)が高尾紳路九段(36)を318手白番半目勝ちで下し、挑戦者に決定した。
36 2012 張栩九段(32) (2012年3月14.15日)挑戦手合7番勝負第7局が行われ、棋聖・張栩九段(32)が4勝3敗で防衛した。

棋聖・張栩九段(32)○−●挑戦者・高尾紳路九段(35):281手黒番中押勝ち
(2012年3月7.8日)挑戦手合7番勝負第6局が行われた。
挑戦者・高尾紳路九段(35)○−●棋聖・張栩九段(32):174手白番中押勝ち
(2012年2月23.24日)挑戦手合7番勝負第5局が行われた。
棋聖・張栩九段(32)○−●挑戦者・高尾紳路九段(35):226手白番中押勝ち
(2012年2月15.16日)挑戦手合7番勝負第4局が行われた。
棋聖・張栩九段(32)○−●挑戦者・高尾紳路九段(35):217手黒番中押勝ち
(2012年2月1.2日)挑戦手合7番勝負第3局が行われた。
挑戦者・高尾紳路九段(35)○−●棋聖・張栩九段(32):299手黒番半目勝ち
(2012年1月26.27日)挑戦手合7番勝負第2局が行われた。
棋聖・張栩九段(32)○−●挑戦者・高尾紳路九段(35):171手黒番中押勝ち
(2012年1月12.13日)挑戦手合7番勝負第1局が行われた。
挑戦者・高尾紳路九段(35)○−●棋聖・張栩九段(32):270手黒番2目半勝ち
(2011年11月11日)挑戦者決定戦は高尾紳路九段(35)が井山裕太九段(22)がを白番半目勝ちで下し、挑戦者に決定した。
35 2011 張栩九段(31) (2011年3月10.11日)挑戦手合7番勝負第6局が行われ、棋聖・張栩九段(31)が4勝2敗で防衛した。

棋聖・張栩九段(31)○−●挑戦者・井山裕太九段(21):346手黒番1目半勝ち(棋譜)
(2011年2月24.25日)挑戦手合7番勝負第5局が行われた。
棋聖・張栩九段(31)○−●挑戦者・井山裕太九段(21):322手白番2目半勝ち(棋譜)
(2011年2月17.18日)挑戦手合7番勝負第4局が行われた。
棋聖・張栩九段(31)○−●挑戦者・井山裕太九段(21):272手黒番半目勝ち(棋譜)
(2011年2月2.3日)挑戦手合7番勝負第3局が行われた。
挑戦者・井山裕太九段(21)○−●棋聖・張栩九段(31):269手黒番1目半勝ち(棋譜)
(2011年1月26.27日)挑戦手合7番勝負第2局が行われた。
棋聖・張栩九段(31)○−●挑戦者・井山裕太九段(21):189手黒番中押勝ち(棋譜)
(2011年1月13.14日)挑戦手合7番勝負第1局が行われた。
挑戦者・井山裕太九段(21)○−●棋聖・張栩九段(31):207手黒番中押勝ち(棋譜)
(2010年11月11日)挑戦者決定戦は井山裕太九段(21)が高尾紳路九段(34)を白番中押勝ちで下し、挑戦者に決定した。
34 2010 張栩九段(30) (2010年2月25.26日)挑戦手合7番勝負第5局(静岡県伊豆市)が行われ、挑戦者・張栩九段(30)が4勝1敗で優勝した。

挑戦者・張栩九段(30)○−●棋聖・山下敬吾九段(31):247手白番1目半勝ち →棋譜(JAVA形式) from 読売新聞
(2010年2月18.19日)挑戦手合7番勝負第4局(神戸市)が行われた。
棋聖・山下敬吾九段(31)○−●挑戦者・張栩九段(30):280手白番7目半勝ち →棋譜(JAVA形式) from 読売新聞
(2010年2月3.4日)挑戦手合7番勝負第3局(大分県別府市)が行われた。
挑戦者・張栩九段(30)○−●棋聖・山下敬吾九段(31):303手白番8目半勝ち →棋譜(JAVA形式) from 読売新聞
(2010年1月27.28日)挑戦手合7番勝負第2局(名古屋市)が行われた。
挑戦者・張栩九段(29)○−●棋聖・山下敬吾九段(31):342手黒番6目半勝ち →棋譜(JAVA形式) from 読売新聞
(2010年1月14.15日)挑戦手合7番勝負第1局(台湾・台北市)が行われた。
挑戦者・張栩九段(29)○−●棋聖・山下敬吾九段(31):234手白番中押勝ち →棋譜(JAVA形式) from 読売新聞
(2009年11月16日)挑戦者決定戦は張栩九段(29)が王立誠九段(51)を白番中押勝ちで下し、挑戦者に決定した。
33 2009 山下敬吾九段(30) (2009年3月11.12日)挑戦手合7番勝負第6局(熱海市)が行われ、棋聖・山下敬吾九段(30)が4勝2敗で優勝し、タイトルを防衛した。優勝賞金額4200万円
棋聖・山下敬吾九段○−●挑戦者・依田紀基九段:251手白番2目半勝ち →棋譜(JAVA形式) from 読売新聞
(2009年2月25.26日)挑戦手合7番勝負第5局(三重県)が行われた。
棋聖・山下敬吾九段○−●挑戦者・依田紀基九段:259手黒番5目半勝ち →棋譜(JAVA形式) from 読売新聞
(2009年2月19.20日)挑戦手合7番勝負第4局(岩手県)が行われた。
挑戦者・依田紀基九段○−●棋聖・山下敬吾九段:213手黒番中押勝ち →棋譜(JAVA形式) from 読売新聞
(2009年2月4.5日)挑戦手合7番勝負第3局(広島県)が行われた。
挑戦者・依田紀基九段○−●棋聖・山下敬吾九段:254手白番半目勝ち →棋譜(JAVA形式) from 読売新聞
(2009年1月28.29日)挑戦手合7番勝負第2局(平塚市)が行われた。
棋聖・山下敬吾九段○−●挑戦者・依田紀基九段:266手白番半目勝ち →棋譜(JAVA形式) from 読売新聞
(2009年1月14.15日)挑戦手合7番勝負第1局(札幌市)が行われた。
棋聖・山下敬吾九段○−●挑戦者・依田紀基九段:254手黒番1目半勝ち →棋譜(JAVA形式) from 読売新聞
(2008年10月23日)挑戦者決定戦は依田紀基九段(42)が井山裕太八段(19)を黒番中押勝ちで下し、挑戦者に決定した。
32 2008 山下敬吾九段(29) (2008年3月19.20日)挑戦手合7番勝負第7局が行われ、棋聖・山下敬吾九段(29)が挑戦者・趙治勲九段を4勝3敗で下し、防衛した。
棋聖・山下敬吾九段○−●挑戦者・趙治勲九段:258手まで白番中押勝ち
(2008年3月13.14日)挑戦手合7番勝負第6局が行われた。
挑戦者・趙治勲九段○−●棋聖・山下敬吾九段:248手まで白番4目半勝ち
(2008年2月27.28日)挑戦手合7番勝負第5局が行われた。
挑戦者・趙治勲九段○−●棋聖・山下敬吾九段:310手まで黒番3目半勝ち
(2008年2月21.22日)挑戦手合7番勝負第4局が行われた。
棋聖・山下敬吾九段○−●挑戦者・趙治勲九段:207手まで黒番中押勝ち
(2008年2月7.8日)挑戦手合7番勝負第3局が行われた。
棋聖・山下敬吾九段○−●挑戦者・趙治勲九段:134手まで白番中押勝ち
(2008年1月30.31日)挑戦手合7番勝負第2局が行われた。
挑戦者・趙治勲九段○−●棋聖・山下敬吾九段:248手まで白番中押勝ち →棋譜(JAVA形式) from 韓国棋院
(2008年1月12.13日)挑戦手合7番勝負第1局が行われた。
棋聖・山下敬吾九段○−●挑戦者・趙治勲九段:140手まで白番中押勝ち →棋譜(JAVA形式) from 韓国棋院
(2007年11月19日)挑戦者決定戦は趙治勲九段(51)が張栩九段(27)を白番4目半勝ちで下し、挑戦者に決定した。
(2007年4月5日)井山裕太七段が17歳10カ月の最年少でリーグ入りを決めた。黄翊祖四段(当時)が2005年に記録した18歳6カ月を抜いた。名人、本因坊を含めた3リーグでも最年少記録になる。
31 2007 山下敬吾九段(28) (2007年2月22.23日)挑戦手合7番勝負第4局は棋聖・山下敬吾九段(28)が挑戦者・小林覚九段(47)を142手まで白番中押勝ちで下し、4勝0敗で防衛した。 →棋譜(JAVA形式) from 日本棋院
(2007年2月7.8日)挑戦手合7番勝負第3局は棋聖・山下敬吾九段(28)が挑戦者・小林覚九段(47)を157手まで黒番中押勝ちで下した。 →棋譜(JAVA形式) from 日本棋院
(2007年1月31.1日)挑戦手合7番勝負第2局は棋聖・山下敬吾九段(28)が挑戦者・小林覚九段(47)を178手まで白番中押勝ちで下した。 →棋譜(JAVA形式) from 日本棋院
(2007年1月17.18日)挑戦手合7番勝負第1局は棋聖・山下敬吾九段(28)が挑戦者・小林覚九段(47)を165手まで黒番中押勝ちで下した。 →棋譜(JAVA形式) from 日本棋院
(2006年11月2日)挑戦者決定戦は小林覚九段(47)が羽根直樹九段(30)を白番中押勝ちで下し、挑戦者に決定した。
(2006年4月20日)棋聖戦リーグのメンバーが決定した。前期残留の羽根直樹九段、王立誠九段、小林覚九段、小松英樹九段、結城聡九段、依田紀基九段、三村智保九段、加藤充志八段の8人に予選突破の本田邦久九段、今村俊也九段、張栩九段、趙治勲九段の4人を加えた12人がA、B2リーグに別れて、山下敬吾棋聖への挑戦権を争う。
30 2006 山下敬吾九段(27) (2006年2月22.23日)挑戦手合7番勝負第4局(熊本県)は挑戦者・山下敬吾九段(27)が棋聖・羽根直樹九段(29)を243手まで白番2目半勝ちで下し、4勝0敗でタイトルを奪取した。 →棋譜(JAVA形式) from 韓国棋院
(2006年2月8.9日)挑戦手合7番勝負第3局(京都府)は挑戦者・山下敬吾九段(27)が棋聖・羽根直樹九段(29)を242手まで黒番1目半勝ちで下した。
(2006年2月1.2日)挑戦手合7番勝負第2局は挑戦者・山下敬吾九段(27)が棋聖・羽根直樹九段(29)を244手まで白番6目半勝ちで下した。
(2006年1月15.16日)挑戦手合7番勝負第1局(於:ドイツ・ベルリン)は挑戦者・山下敬吾九段(27)が棋聖・羽根直樹九段(29)を黒番中押勝ちで下した。
(2005年11月3日)挑戦者決定戦は山下敬吾九段(27)が結城聡九段(33)を黒番3目半勝ちで下し、挑戦者に決定した。
29 2005 羽根直樹九段(28) (2005年3月16.17日)挑戦手合7番勝負第7局(於:静岡)は棋聖・羽根直樹九段(28)が挑戦者・結城聡九段(32)を262手まで黒番4目半勝ちで下し、4勝3敗で初防衛を果たした。 → 読売新聞
(2005年3月9.10日)挑戦手合7番勝負第6局(於:神奈川)は棋聖・羽根直樹九段(28)が挑戦者・結城聡九段(32)を201手まで黒番6目半勝ちで下した。 → 読売新聞
(2005年2月24.25日)挑戦手合7番勝負第5局(於:三重)は挑戦者・結城聡九段(32)が棋聖・羽根直樹九段(28)を151手まで黒番中押勝ちで下した。 → 読売新聞
(2005年2月16.17日)挑戦手合7番勝負第4局(於:長崎)は挑戦者・結城聡九段(32)が棋聖・羽根直樹九段(28)を124手まで白番中押勝ちで下した。 → 読売新聞
(2005年2月2.3日)挑戦手合7番勝負第3局(於:北海道)は棋聖・羽根直樹九段(28)が挑戦者・結城聡九段(32)を238手まで白番1目半勝ちで下した。 → 読売新聞
(2005年1月26.27日)挑戦手合7番勝負第2局(於:鳥取)は挑戦者・結城聡九段(32)が棋聖・羽根直樹九段(28)を128手まで白番中押勝ちで下した。 → 読売新聞
(2005年1月12.13日)挑戦手合7番勝負第1局(於:新潟)は棋聖・羽根直樹九段(28)が挑戦者・結城聡九段(32)を132手まで白番中押勝ちで下した。 → 読売新聞
(2004年11月8日)挑戦者決定戦は結城聡九段(32)が山下敬吾九段(26)を黒番6目半勝ちで下し、挑戦者に決定した。
(2004年5月13日)挑戦者リーグ戦のメンバーが決定した。
A組:山下敬吾九段、王立誠九段、三村智保九段、今村善彰八段、柳時熏九段(再メンバー)、宮沢吾朗九段(再メンバー)
B組:趙治勲九段、王銘宛九段、張栩九段、依田紀基九段、小林覚九段(再メンバー)、結城聡九段(新メンバー)
28 2004 羽根直樹九段(27) (2004年3月17.18日)挑戦手合7番勝負第7局(於:未定)は挑戦者・羽根直樹九段(27)が棋聖・山下敬吾九段(25)を155手まで黒番中押勝ちで下し、4勝3敗で優勝した。 → 読売新聞
(2004年3月10.11日)挑戦手合7番勝負第6局(於:静岡県)は棋聖・山下敬吾九段(25)が挑戦者・羽根直樹九段(27)を177手まで黒番中押勝ちで下した。 → 読売新聞
(2004年2月25.26日)挑戦手合7番勝負第5局(於:箱根町)は棋聖・山下敬吾九段(25)が挑戦者・羽根直樹九段(27)を156手まで白番中押勝ちで下した。 → 読売新聞
(2004年2月18.19日)挑戦手合7番勝負第4局(於:因島市)は棋聖・山下敬吾九段(25)が挑戦者・羽根直樹九段(27)を266手まで黒番半目勝ちで下した。 → 読売新聞
(2004年2月4.5日)挑戦手合7番勝負第3局(於:桑名市)は挑戦者・羽根直樹九段(27)が棋聖・山下敬吾九段(25)を263手まで黒番3目半勝ちで下した。 → 読売新聞
(2004年1月28.29日)挑戦手合7番勝負第2局(於:福岡市)は挑戦者・羽根直樹九段(27)が棋聖・山下敬吾九段(25)を206手まで白番中押勝ちで下した。 → 読売新聞
(2004年1月15.16日)挑戦手合7番勝負第1局(於:シアトル)は挑戦者・羽根直樹九段(27)が棋聖・山下敬吾九段(25)を179手まで黒番中押勝ちで下した。 → 読売新聞
(2003年11月13日)挑戦者決定戦は羽根直樹九段(27)が趙治勲九段を黒番2目半勝ちで下し、挑戦者に決定した。
(2003年11月6日)挑戦者リーグの陥落者はA組が小林覚九段、石田芳夫九段、B組が柳時熏九段、淡路修三九段と決まった。
(2003年5月13日)挑戦者リーグ戦のメンバーが決定した。
A組:王立誠九段、羽根直樹九段、小林覚九段、石田芳夫九段、三村智保九段(再メンバー)、今村善彰八段(新メンバー)
B組:柳時熏九段、張栩九段、依田紀基九段、趙治勲九段、王銘宛九段(新メンバー)、淡路修三九段(再メンバー)
27 2003 山下敬吾七段(24) (2003年2月26.27日)挑戦手合7番勝負第5局(於:富山)は挑戦者・山下敬吾七段(24)が棋聖・王立誠九段を364手まで白番1目半勝ちで下し、4勝1敗で優勝した。(コミ5目半) → 読売新聞
(2003年2月19.20日)挑戦手合7番勝負第4局(於:宮崎)は挑戦者・山下敬吾七段(24)が棋聖・王立誠九段を119手まで黒番中押勝ちで下した。(コミ5目半) → 読売新聞
(2003年2月5.6日)挑戦手合7番勝負第3局(於:滋賀)は棋聖・王立誠九段が挑戦者・山下敬吾七段(24)を242手まで黒番4目半勝ちで下した。(コミ5目半) → 読売新聞
(2003年1月29.30日)挑戦手合7番勝負第2局(於:福島)は挑戦者・山下敬吾七段(24)が棋聖・王立誠九段を217手まで黒番中押勝ちで下した。(コミ5目半) → 読売新聞
(2003年1月16.17日)挑戦手合7番勝負第1局(於:東京)は挑戦者・山下敬吾七段(24)が棋聖・王立誠九段を283手まで白番6目半勝ちで下した。(コミ5目半) → 読売新聞
(2002年11月14日)挑戦者決定戦は山下敬吾七段(24)が柳時熏七段(30)を254手まで黒番半目勝ちで下し、挑戦者に決定した。山下敬吾七段は24歳で棋聖戦最年少挑戦者記録。
(2002年11月7日)挑戦者リーグの陥落者はA組が三村智保九段、中小野田智己八段、B組が淡路修三九段、趙善津九段と決まった。
(2002年5月13日)挑戦者リーグ戦のメンバーが決定した。
A組:柳時熏七段、羽根直樹九段、三村智保九段、石田芳夫九段、依田紀基九段(新メンバー)、中小野田智己八段(新メンバー)
B組:趙治勲九段、張栩七段、淡路修三九段、趙善津九段、小林覚九段(新メンバー)、山下敬吾七段(新メンバー)
26 2002 王立誠九段(44) (2002年3月6.7日)挑戦手合7番勝負第6局(於:静岡)は棋聖・王立誠九段(44)が挑戦者・柳時熏七段を277手まで黒番2目勝ちで下し、4勝2敗で防衛した。 → 読売新聞
(2002年2月20.21日)挑戦手合7番勝負第5局(於:北海道)は棋聖・王立誠九段が挑戦者・柳時熏七段を300手まで白番中押勝ちで下した。 → 読売新聞
(2002年2月13.14日)挑戦手合7番勝負第4局(於:愛知)は棋聖・王立誠九段が挑戦者・柳時熏七段を253手まで黒番4目半勝ちで下した。 → 読売新聞
(2002年1月30.31日)挑戦手合7番勝負第3局(於:北九州)は挑戦者・柳時熏七段が棋聖・王立誠九段を265手まで黒番2目半勝ちで下した。 → 読売新聞
(2002年1月24.25日)挑戦手合7番勝負第2局(於:仙台)は挑戦者・柳時熏七段が棋聖・王立誠九段を246手まで白番半目勝ちで下した。 → 読売新聞
(2002年1月10.11日)挑戦手合7番勝負第1局(於:ロンドン)は棋聖・王立誠九段が挑戦者・柳時熏七段を190手まで白番中押勝ちで下した。 → 読売新聞
(2001年11月8日)挑戦者決定戦は柳時熏七段が趙治勲九段を194手まで白番中押勝ちで下し、挑戦者に決定した。
(2001年11月1日)挑戦者リーグの陥落者はA組が宮沢吾朗九段、山田拓自六段、B組が石田篤司八段、溝上知親七段と決まった。
(2001年5月13日)挑戦者リーグ戦のメンバーが決定した。
A組:趙善津九段、柳時熏七段、張栩七段、宮沢吾朗九段、三村智保九段(新メンバー)、山田拓自六段(新メンバー)
B組:淡路修三九段、石田芳夫九段、趙治勲九段、石田篤司八段、羽根直樹八段(新メンバー)、溝上知親七段(新メンバー)
25 2001 王立誠九段(43) (2001年3月7.8日)挑戦手合7番勝負第6局(於:長野)は棋聖・王立誠九段(43)が挑戦者・趙善津九段を281手まで黒番5目半勝ちで下し、4勝2敗で防衛した。 → 読売新聞
(2001年2月21.22日)挑戦手合7番勝負第5局(於:鳥取)は棋聖・王立誠九段が挑戦者・趙善津九段を188手まで白番中押勝ちで下した。 → 読売新聞
(2001年2月14.15日)挑戦手合7番勝負第4局(於:大分)は挑戦者・趙善津九段が棋聖・王立誠九段を346手まで白番半目勝ちで下した。 → 読売新聞
(2001年1月31.1日)挑戦手合7番勝負第3局(於:福島)は棋聖・王立誠九段が挑戦者・趙善津九段を196手まで白番中押勝ちで下した。 → 読売新聞
(2001年1月24.25日)挑戦手合7番勝負第2局(於:富山)は棋聖・王立誠九段が挑戦者・趙善津九段を181手まで黒番中押勝ちで下した。 → 読売新聞
(2001年1月12.13日)挑戦手合7番勝負第1局(於:台北)は挑戦者・趙善津九段が棋聖・王立誠九段を291手まで黒番1目半勝ちで下した。 → 読売新聞
(2000年11月2日)挑戦者決定戦は趙善津九段が淡路修三九段を259手まで黒番中押勝ちで下し、挑戦者に決定した。
(2000年10月12日)挑戦者リーグの陥落者はA組が今村俊也九段、楊嘉源九段、B組が長谷川直九段、彦坂直人九段と決まった。
(2000年10月12日)B組は趙善津九段(3勝1敗)が石田芳夫九段(4勝0敗)を白番中押勝ちで下し、ともに4勝1敗となり前期順位の関係で趙善津九段がリーグ優勝となった。
(2000年9月14日)A組は淡路修三九段(3勝0敗)が趙治勲九段(2勝1敗)を白番半目勝ちで下し、4勝0敗となり1試合を残してリーグ優勝を決めた。
(2000年5月11日)挑戦者決定リーグ戦参加棋士12人が決定した。
予選勝抜き者は彦坂直人九段、楊嘉源九段、趙善津九段、淡路修三九段、石田芳夫九段、宮沢吾朗九段、今村俊也九段、長谷川直九段、石田篤司八段、柳時熏七段、張栩六段の11人で、これに前棋聖・趙治勲九段を加えた12人が6人ずつ二組のリーグに分かれて挑戦権を争う。組み分けはつぎの通り。
A組:趙治勲九段、淡路修三九段、今村俊也九段、楊嘉源九段、石田篤司八段、柳時熏七段
B組:趙善津九段、石田芳夫九段、宮沢吾朗九段、長谷川直九段、彦坂直人九段、張栩六段
2組はそれぞれでリーグ戦を行い、成績によって順位を決定する。各組の成績第1位が挑戦者決定戦に進出し、下位2名が陥落する。同率の場合は前期の順位(初年度は棋士序列)で決める。挑戦者決定戦は1番勝負で勝者が挑戦者となる。
なお、今回の挑戦手合七番勝負から対局料制は廃止され、賞金制なる。従来、七番勝負優勝者はタイトル料3300万円+七番勝負対局料900万円を手にしていたが、第25期以降はタイトル賞金4200万円となる。
24 2000 王立誠九段(42) (3月8.9日)挑戦手合7番勝負第6局(於:愛媛)は挑戦者・王立誠九段(42)が棋聖・趙治勲九段を132手まで白番中押勝ちで下し、4勝2敗で優勝した。 → 読売新聞
(2月23.24日)挑戦手合7番勝負第5局(於:山口)は挑戦者・王立誠九段が棋聖・趙治勲九段を257手まで黒番5目半勝ちで下した。 → 読売新聞
(2月16.17日)挑戦手合7番勝負第4局(於:岐阜)は挑戦者・王立誠九段が棋聖・趙治勲九段を245手まで白番12目半勝ちで下した。 → 読売新聞
(2月2.3日)挑戦手合7番勝負第3局(於:神奈川)は棋聖・趙治勲九段が挑戦者・王立誠九段を194手まで白番中押勝ちで下した。 → 読売新聞
(1月26.27日)挑戦手合7番勝負第2局(於:岩手)は挑戦者・王立誠九段が棋聖・趙治勲九段を180手まで白番中押勝ちで下した。 → 読売新聞
(1月12.13日)挑戦手合7番勝負第1局(於:沖縄)は棋聖・趙治勲九段が挑戦者・王立誠九段を273手まで白番4目半勝ちで下した。 → 読売新聞
(1999年10月21日)最高棋士決定戦決勝3番勝負第2局は王立誠九段が彦坂直人九段を145手まで黒番中押勝ちで下し、2勝0敗で挑戦権を獲得した。
(1999年10月14日)最高棋士決定戦決勝3番勝負第1局は王立誠九段が彦坂直人九段を白番中押勝ちで下した。
(1999年9月23日)最高棋士決定戦準決勝戦第2回戦は彦坂直人九段が小林光一九段を白番6目半勝ちで下した。
(1999年9月16日)最高棋士決定戦準決勝戦第1回戦は王立誠九段が小林覚九段を白番中押勝ちで下した。
(1999年9月16日)最高棋士決定戦準決勝戦第1回戦は小林覚九段と王立誠九段との間で行われる。
(1999年8月26日)最高棋士決定戦準々決勝戦第4回戦は王立誠九段が羽根直樹七段を130手まで白番中押勝ちで下した。
準決勝戦は小林覚九段、王立誠九段、彦坂直人九段、小林光一九段の間で行われる。
23 1999 趙治勲九段(43) (3月10.11日)挑戦手合7番勝負第6局(於:札幌市)は棋聖・趙治勲九段(43)が挑戦者・小林光一九段を272手で白番5目半勝ちで下し、4勝2敗で優勝した。趙治勲九段は4連覇。通算8期目。
(1999.03.12 読売新聞)
(2月24.25日)挑戦手合7番勝負第5局(於:鹿児島市)は挑戦者・小林光一九段が棋聖・趙治勲九段を102手で白番中押勝ちで下した。
(1999.02.26 読売新聞)
(2月17.18日)挑戦手合7番勝負第4局(於:広島県因島市)は棋聖・趙治勲九段が挑戦者・小林光一九段を287手で白番1目半勝ちで下した。
(1999.02.19 読売新聞)
(2月3.4日)挑戦手合7番勝負第3局(於:静岡県黒石市)は挑戦者・小林光一九段が棋聖・趙治勲九段を186手で白番中押勝ちで下した。
(1999.02.5 読売新聞)
(1月27.28日)挑戦手合7番勝負第2局(於:静岡県清水市「日本平ホテル」)は棋聖・趙治勲九段が挑戦者・小林光一九段を208手で白番中押勝ちで下した。
(1999.01.29 読売新聞)
(1月13.14日)挑戦手合7番勝負第1局(於:パリ「日本文化会館」)は棋聖・趙治勲九段が挑戦者・小林光一九段を203手で黒番中押勝ちで下した。
(1999.01.15 読売新聞)
22 1998 趙治勲九段(42) (3月11.12日) 挑戦手合7番勝負第6局(於:富山県氷見グランドホテルマイアミ)は棋聖・趙治勲九段(42)が挑戦者・依田紀基九段を265手で白番4目半勝ちで下し、4勝2敗で、優勝した。趙治勲九段は3連覇。通算7期目。
(1998.03.13 読売新聞)
(2月25.26日) 挑戦手合7番勝負第5局(於:栃木県宇都宮グランドホテル)は挑戦者・依田紀基九段が棋聖・趙治勲九段を114手で白番中押勝ちで下し、2勝3敗とした。
(1998.02.27 読売新聞)
(2月18.19日) 挑戦手合7番勝負第4局(於:佐賀県嬉野温泉)は挑戦者・依田紀基九段が棋聖・趙治勲九段を89手で黒番中押勝ちで下した。
(1998.02.20 読売新聞)
(2月4.5日) 挑戦手合7番勝負第3局(於:和歌山県白浜温泉)は棋聖・趙治勲九段が挑戦者・依田紀基九段を93手で黒番中押勝ちで下した。
(1998.02.06 読売新聞)
(1月28.29日) 挑戦手合7番勝負第2局(於:仙台市「仙台ホテル」)は棋聖・趙治勲九段が挑戦者・依田紀基九段を222手で白番3目半勝ちで下した。
(1998.01.30 読売新聞)
(1月14.15日) 挑戦手合7番勝負第1局(於:香港「グランドハイアットホンコン」)は棋聖・趙治勲九段が挑戦者・依田紀基九段を189手で黒番中押勝ちで下した。
両者の対戦は過去24局行われ、趙九段の13勝11敗である。24局中12局ずつ黒番白番を持ったが、両者とも黒番のときに勝率が格段に高い。趙九段は9勝3敗で勝率75%、依田九段は8勝4敗で67%である。
(1998.01.30 読売新聞)
21 1997 趙治勲九段(41) (1月15日〜2月27日)棋聖・趙治勲九段(41)が挑戦者・小林覚九段を4勝1敗で下した。趙治勲は棋聖通算6期となる。
(1997.02.28 読売新聞)
20 1996 趙治勲九段(40) (3月27.28日)挑戦手合7番勝負第7局は挑戦者・趙治勲九段(40)が棋聖・小林覚九段を下し、4勝3敗で優勝した。趙治勲九段は棋聖通算5期となる。
(1月17.18日)挑戦手合7番勝負第1局は棋聖・小林覚九段が挑戦者・趙治勲九段を85手まで黒番中押勝ちで下した。
趙治勲九段(本因坊)が挑戦者に。
19 1995 小林覚九段(35) (3月22.23日)挑戦手合7番勝負第2局は挑戦者・小林覚九段(35)が棋聖・趙治勲九段を下し、4勝2敗で初優勝した。
(1月28.29日)挑戦手合7番勝負第2局は挑戦者・小林覚九段が棋聖・趙治勲九段を68手まで黒番中押勝ちで下した。68手終局は棋聖戦史上最短手数記録。
(1月18.19日)挑戦手合7番勝負第1局(於:米国アトランタ市)は棋聖・趙治勲九段が挑戦者・小林覚九段を下した。
今期からパラマス戦(初段優勝者が2段優勝者と対戦し、勝った者が3段優勝者と対戦という具合に九段まであがっていく勝抜き戦)ではなくトーナメント方式になった。
18 1994 趙治勲九段(39) (1月18.19日〜3月9日) 挑戦者・趙治勲九段(39)が棋聖・小林光一九段を4勝2敗(●○○○●○)で下した。
17 1993 小林光一九段(40) (3月17.18日)七番勝負第7局は棋聖・小林光一九段(40)が挑戦者・加藤正夫九段を4勝3敗で下した。8連覇。
(1月13.14日)七番勝負第1局は香港で行われた。
16 1992 小林光一九段(39) (3月18.19日)小林光一九段(39)が山城宏九段を4勝3敗で下した。7連覇。
(1月16.17日)七番勝負第1局はオーストラリア・シドニー市で行われた。
15 1991 小林光一九段(38) (3月19.20日)挑戦手合7番勝負第7局は棋聖・小林光一九段(38)が挑戦者・加藤正夫九段を206手まで白番4目半勝ちで下し、4勝3敗で優勝した。6連覇。
(1月18.19日)七番勝負第1局はブラジル・サンパウロで行われた。
14 1990 小林光一九段(37) 小林光一九段(37)が大竹英雄九段を4勝1敗で下した。5連覇。
(1月17.18日)七番勝負第1局は西ドイツ・デュッセルドルフ市で行われた。
13 1989 小林光一九段(36) 本因坊・小林光一九段(36)が挑戦者・武宮正樹九段を4勝1敗で下した。4連覇。
(1989年1月18.19日)第1局はニューヨーク対局、挑戦者・武宮正樹九段が本因坊・小林光一九段を228手まで白番中押勝ちで下した。
12 1988 小林光一九段(35) 小林光一九段(35)が加藤正夫九段を4勝1敗で下した。3連覇。
11 1987 小林光一九段(34) 小林光一九段(34)が武宮正樹九段を4勝1敗で下した。2連覇。
第1局はロサンゼルス対局だった。
10 1986 小林光一九段(33) (3月12.13日)第6局(岐阜・下呂町)が行われ、小林光一九段(33)が趙治勲九段を4勝2敗(○●●○○○)で下した。小林光一九段(33)は4冠王(棋聖、名人、十段、天元)となった。
趙治勲棋聖●−○小林光一名人:黒番中押勝ち

(2月26.27日)第5局(鹿児島)が行われた。
趙治勲棋聖●−○小林光一名人:白番中押勝ち
(2月19.20日)第4局(北海道・網走)が行われた。
趙治勲棋聖●−○小林光一名人:黒番2目半勝ち
(2月5.6日)第3局(岩手・平泉町)が行われた。
趙治勲棋聖○−●小林光一名人:黒番1目半勝ち
(1月29.30日)第2局(松江)が行われた。
趙治勲棋聖○−●小林光一名人:白番3目半勝ち
(1月16.17日)第1局(富山・高岡)が行われた。年明け早々に趙治勲九段は交通事故に遭い全治3ヶ月の重傷を負った。趙治勲九段は夫人同伴で車椅子で対局した。

趙治勲棋聖●−○小林光一九段(名人):白番2目半勝ち
9 1985 趙治勲九段(28) (3月19.20日)第7局(東京・紀尾井町)が行われ、趙治勲九段(28)が武宮正樹九段を4勝3敗で下した。3連覇。
趙 治勲棋聖○−●武宮 正樹九段:白番1目半勝ち
(3月13.14日)第6局(熱海)が行われた。
趙 治勲棋聖○−●武宮 正樹九段:白番4目半勝ち
(2月27.28日)第5局(富山市)が行われた。
趙 治勲棋聖●−○武宮 正樹九段:白番中押勝ち
(2月20.21日)第4局(札幌市)が行われた。
趙 治勲棋聖○−●武宮 正樹九段:白番半目勝ち
(2月6.7日)第3局(福岡市)が行われた。
趙 治勲棋聖●−○武宮 正樹九段:白番中押勝ち
(1月30.31日)第2局(名古屋)が行われた。
趙 治勲棋聖●−○武宮 正樹九段:黒番中押勝ち
(1月16.17日)第1局(韓国・ソウル)が行われた。第1局はソウルで打たれた。史上初の海外対局だった。
趙 治勲棋聖○−●武宮 正樹九段:黒番7目半勝ち
8 1984 趙治勲九段(27) (1982年3月7.8日)挑戦手合7番勝負第6局が行われ、趙治勲九段(27)が林海峰九段を4勝2敗で下した。2連覇。 棋聖・趙治勲九段(27)○−●挑戦者・林海峰九段:白番半目勝ち
(1982年2月22.23日)挑戦手合7番勝負第5局が行われた。
棋聖・趙治勲九段(27)○−●挑戦者・林海峰九段:白番中押勝ち
(1982年2月15.16日)挑戦手合7番勝負第4局が行われた。
棋聖・趙治勲九段(27)○−●挑戦者・林海峰九段:黒番2目半勝ち
(1982年2月1.2日)挑戦手合7番勝負第3局が行われた。
棋聖・趙治勲九段(27)○−●挑戦者・林海峰九段:黒番中押勝ち
(1982年1月25.26日)挑戦手合7番勝負第2局が行われた。
棋聖・趙治勲九段(27)○−●挑戦者・林海峰九段:白番中押勝ち
(1982年1月12.13日)挑戦手合7番勝負第1局が行われた。
棋聖・趙治勲九段(27)○−●挑戦者・林海峰九段:黒番中押勝ち
7 1983 趙治勲九段(26) (1983年3月16.17日)趙治勲九段(26)が藤沢秀行九段(57)を4勝3敗(●●●○○○○)で下した。旧名人戦(1973年)以来の3連敗後の4連勝、棋聖戦史上初の大逆転で話題になった。同時に初の大三冠になった。
棋聖・藤沢秀行九段(57)●−○挑戦者・趙治勲九段(26):白番1目半勝ち

(1983年3月9.10日)挑戦手合7番勝負第6局が行われた。
棋聖・藤沢秀行九段(57)●−○挑戦者・趙治勲九段(26):黒番5目半勝ち
(1983年2月23.24日)挑戦手合7番勝負第5局が行われた。
棋聖・藤沢秀行九段(57)●−○挑戦者・趙治勲九段(26):白番中押勝ち
(1983年2月16.17日)挑戦手合7番勝負第4局が行われた。
棋聖・藤沢秀行九段(57)●−○挑戦者・趙治勲九段(26):黒番中押勝ち
(1983年2月2.3日)挑戦手合7番勝負第3局が行われた。
棋聖・藤沢秀行九段(57)○−●挑戦者・趙治勲九段(26):黒番3目半勝ち
(1983年1月26.27日)挑戦手合7番勝負第2局が行われた。
棋聖・藤沢秀行九段(57)○−●挑戦者・趙治勲九段(26):白番中押勝ち
(1983年1月13.14日)挑戦手合7番勝負第1局が行われた。
棋聖・藤沢秀行九段(57)○−●挑戦者・趙治勲九段(26):黒番4目半勝ち
(1982年末)挑戦者決定3番勝負は趙治勲九段が加藤正夫九段を下した。
6 1982 藤沢秀行九段(56) (1982年3月17.18日)挑戦手合7番勝負第7局が行われ、藤沢秀行九段(56)が林海峰九段を下し、4勝3敗で優勝した。タイトル料2000万円。6連覇。全互先 先番5目半コミ出し、持時間 各9時間、秒読み 残り10分前より。
棋聖・藤沢秀行九段(56)○−●挑戦者・林海峰九段:白番中押勝ち
(1982年3月10.11日)挑戦手合7番勝負第6局が行われた。
棋聖・藤沢秀行九段(56)○−●挑戦者・林海峰九段:黒番3目半勝ち
(1982年2月24.25日)挑戦手合7番勝負第5局が行われた。
棋聖・藤沢秀行九段(56)●−○挑戦者・林海峰九段:黒番中押勝ち
(1982年2月17.18日)挑戦手合7番勝負第4局が行われた。
棋聖・藤沢秀行九段(56)●−○挑戦者・林海峰九段:白番7目半勝ち
(1982年2月3.4日)挑戦手合7番勝負第3局が行われた。
棋聖・藤沢秀行九段(56)○−●挑戦者・林海峰九段:白番3目半勝ち
(1982年1月27.28日)挑戦手合7番勝負第2局が行われた。
棋聖・藤沢秀行九段(56)○−●挑戦者・林海峰九段:黒番中押勝ち
(1982年1月13.14日)挑戦手合7番勝負第1局が行われた。
棋聖・藤沢秀行九段(56)●−○挑戦者・林海峰九段:黒番中押勝ち
5 1981 藤沢秀行九段(55) (2月18.19日)挑戦手合7番勝負第4局が行われ、藤沢秀行九段(55)が大竹英雄九段を4勝0敗で下した。5連覇。全互先 先番5目半コミ出し、持時間 各9時間、秒読み 残り10分前より。
藤沢秀行九段(黒番)○−●大竹英雄九段:白番中押勝ち

(2月4.5日)挑戦手合7番勝負第3局が行われた。藤沢秀行は「広い碁盤」に雄大な構想を見せた。
藤沢秀行九段(白番)○−●大竹英雄九段:黒番中押勝ち
(1月28.29日)挑戦手合7番勝負第2局が行われた。
藤沢秀行九段(黒番)○−●大竹英雄九段:白番中押勝ち
(1月13.14日)挑戦手合7番勝負第1局が行われた。
藤沢秀行九段(白番)○−●大竹英雄九段:黒番中押勝ち
(1980年末)挑戦者決定3番勝負は大竹英雄九段が趙治勲八段を2勝1敗で下し、挑戦権を獲得した。
4 1980 藤沢秀行九段(54) (1980年2月27.28日)挑戦手合7番勝負第5局が行われ、藤沢秀行九段(54)が林海峰九段を4勝1敗で下した。4連覇。全互先 先番5目半コミ出し、持時間 各9時間、秒読み 残り10分前より。
棋聖・藤沢秀行九段(52)○−●挑戦者・林海峰九段:黒番4目半勝ち

(1980年2月20.21日)挑戦手合7番勝負第4局が行われた。
棋聖・藤沢秀行九段(52)○−●挑戦者・林海峰九段:白番中押勝ち
(1980年2月5.6日)挑戦手合7番勝負第3局が行われた。
棋聖・藤沢秀行九段(52)●−○挑戦者・林海峰九段:白番中押勝ち
(1980年1月30.31日)挑戦手合7番勝負第2局が行われた。
棋聖・藤沢秀行九段(52)○−●挑戦者・林海峰九段:白番半目勝ち
(1980年1月16.17日)挑戦手合7番勝負第1局が行われた。藤沢秀行は二手一組の華麗な利かしを見せた。
棋聖・藤沢秀行九段(52)○−●挑戦者・林海峰九段:黒番中押勝ち
3 1979 藤沢秀行九段(53) (1979年3月1.2日)挑戦手合7番勝負第5局が行われ、藤沢秀行九段(53)が石田芳夫九段を4勝1敗で下した。3連覇。全互先 先番5目半コミ出し、持時間 各9時間、秒読み 残り10分前より。
棋聖・藤沢秀行九段(52)○−●挑戦者・石田芳夫九段:白番1目半勝ち

(1979年2月21.22日)挑戦手合7番勝負第4局が行われた。藤沢秀行は緩急自在の打ち回しを見せた。
棋聖・藤沢秀行九段(52)○−●挑戦者・石田芳夫九段:黒番中押勝ち
(1979年2月7.8日)挑戦手合7番勝負第3局が行われた。
棋聖・藤沢秀行九段(52)●−○挑戦者・石田芳夫九段:黒番2目半勝ち
(1979年1月24.25日)挑戦手合7番勝負第2局が行われた。
棋聖・藤沢秀行九段(52)○−●挑戦者・石田芳夫九段:黒番中押勝ち
(1979年1月12.13日)挑戦手合7番勝負第1局が行われた。
棋聖・藤沢秀行九段(52)○−●挑戦者・石田芳夫九段:白番3目半勝ち
2 1978 藤沢秀行九段(52) (1978年3月22.23日)挑戦手合7番勝負第7局が行われ、藤沢秀行九段(52)が加藤正夫八段を4勝3敗で下した。2連覇。全互先 先番5目半コミ出し、持時間 各9時間、秒読み 残り10分前より。
棋聖・藤沢秀行九段(52)○−●挑戦者・加藤正夫八段:白番半目勝ち

(1978年3月8.9日)挑戦手合7番勝負第6局が行われた。
棋聖・藤沢秀行九段(52)○−●挑戦者・加藤正夫八段:白番中押勝ち
(1978年3月1.2日)挑戦手合7番勝負第5局が行われた。白石撲殺の譜として余りにも有名。
棋聖・藤沢秀行九段(52)○−●挑戦者・加藤正夫八段:131手黒番中押勝ち(棋譜)
(1978年2月15.16日)挑戦手合7番勝負第4局が行われた。
棋聖・藤沢秀行九段(52)●−○挑戦者・加藤正夫八段:黒番4目半勝ち
(1978年2月8.9日)挑戦手合7番勝負第3局が行われた。
棋聖・藤沢秀行九段(52)○−●挑戦者・加藤正夫八段:黒番中押勝ち
(1978年1月24.25日)挑戦手合7番勝負第2局が行われた。
棋聖・藤沢秀行九段(52)●−○挑戦者・加藤正夫八段:黒番3目半勝ち
(1978年1月12.13日)挑戦手合7番勝負第1局が行われた。
棋聖・藤沢秀行九段(52)●−○挑戦者・加藤正夫八段:白番1目半勝ち
挑戦者決定3番勝負は加藤正夫八段が林海峰九段を2勝1敗で下した。
1 1977 藤沢秀行九段(50) (1977年2月7.8日)挑戦手合7番勝負第5局が行われ、藤沢秀行九段(50歳)が橋本宇太郎九段(69歳)を4勝1敗で下した。全互先 先番5目半コミ出し、持時間 各9時間、秒読み 残り10分前より。
藤沢秀行九段(52)○−●橋本宇太郎九段(69):黒番中押勝ち
(1977年1月26.27日)挑戦手合7番勝負第4局が行われた。
藤沢秀行九段(52)○−●橋本宇太郎九段(69):白5目半勝ち
(1977年1月12.13日)挑戦手合7番勝負第3局が行われた。
藤沢秀行九段(52)●−○橋本宇太郎九段(69):黒1目半勝ち
(1976年12月15.16日)挑戦手合7番勝負第2局が行われた。
藤沢秀行九段(52)●−○橋本宇太郎九段(69):黒番中押勝ち
(1976年12月2.3日)挑戦手合7番勝負第1局が行われた。
藤沢秀行九段(52)○−●橋本宇太郎九段(69):黒番中押勝ち
最高棋士決定戦参加者は、藤沢秀行橋本宇太郎大竹英雄武宮正樹加藤正夫大平修三坂田栄男石田芳夫林海峰、白石譲、小林光一の11名だった。

最終更新日: 2017年3月11日